市場・組織情報論の沿革

市場・組織情報論分野(連携ユニット)                                               

 

京都大学大学院の情報学研究科の発足に当たって、当時京都大学においては新たな試みとして産学連携による研究分野が開設された。そのうちの一つが当分野であり、連携先として民間研究所である野村総合研究所が選ばれた。野村総合研究所は当時、母体となった野村証券の業務分野である金融市場をはじめ、広い産業分野および政府、自治体を対象とした調査コンサルティング、情報システム開発と運用を業務としており、社会情報学の対象となる領域との接点が広かった。

開設当初教員として野村総合研究所より派遣されたのが、客員教授として金融分野に造詣の深い加藤国雄取締役と、客員助教授として情報分野を専門としていた横澤誠上級研究員であった。加藤客員教授はほどなく異動に伴い退任し、翌99年期中より、情報システムと研究開発分野を専門とする篠原健主席研究員が客員教授として着任した。(役職名は大学、会社ともに当時のもの、以下同様。)

この期間、初めての試みである連携分野のあり方に関しては試行錯誤の状態であったが、学生の視点からは産学連携による研究指導体制が新鮮に映ったようで、幸いにも多くの志望学生を得ることができ、研究テーマとしても「市場」すなわちマーケットメカニズムに基づく実践的なビジネス応用分野と、「組織」すなわち会社組織やコミュニティのメカニズムを対象とした研究テーマを取り上げてきた。初期の研究対象の代表的なものは、オープンソースおける価値創造の組織メカニズム、コミュニティマネーの実態とメカニズムである。いずれも学内の部屋にとどまることを極力排して、野村総合研究所の顧客企業とのディスカッション現場や官庁も関連する研究会の場に、学生も積極的に同席し、多くのことを学ぶことを通じて新しい学問分野である「市場・組織情報論」を築き上げる仕事に参加してもらった。この当時の学生は広域情報ネットワーク分野進学や米国への留学のなど研究職への道を志したものが最も多いが、経営コンサルタントを目指すものや、学生ベンチャー企業を立ち上げ、ついにはそれを本職とするものもあらわれた。

初期を脱し世紀が改まり、第二期を迎えると、野村総合研究所が産学連携研究開発の拠点として河原町二条にラボを開設したことから、ここが主たる研究指導の場となった。その影響もあり、初期に比べるとやや技術的なアプローチを取った研究が続いた。中心テーマは当時社会的な現象としても注目を浴びていたピア・ツー・ピアのアーキテクチャで、数名の学生が取り組み、ネット上の著作権取り扱いに関する分析や、実際に情報共有の効率やメカニズムを分析するためのインターネット上での公開実験も行い、ネット上のコミュニティでもコメントが付けられるなどの注目を浴びた。

2004年以降の第三期では再び、技術からやや離れて情報と社会の本質的な関係を改めて見直す研究テーマを連続して取組んでいる。きっかけは野村総合研究所が2000年から開始し、このころから国の政策にも大きな影響を与えた「ユビキタスネット社会」に関する研究である。同時に分野の体制も変更し、篠原客員教授が野村総合研究所退職(現追手門大学経営学科教授)に伴い横澤誠が客員教授となり、新たに木下貴史上級コンサルタントが客員助教授(翌年職名変更により客員准教授)として着任した。

第三期においては情報関連産業の業界団体が開催する研究会への研究室としての参加や、総務省、経済産業省の若手課長補佐数名と開催した情報通信政策に関する月例研究会の場で、世界最大の政策シンクタンクとも言われるOECD(経済開発協力機構)の情報政策に関する研究レポートを輪講するなど情報社会に関する基礎的な理解を深める活動を行った。研究テーマとしては、「連携」、「格差」、「互酬」などの情報社会における現象を科学的に分析する一連の研究と、社会現象としてのウェブ情報分析、企業の技術資産価値の評価などの手法開発に分かれる。特に2007年度は商用サービスとして稼働しているインターネット仮想空間内において、大手企業と連携して「互酬」メカニズムに関する実験を行い、ネットコミュニティから再び注目を浴びた。一方でビジネスの観点からも技術資産価値評価に関して端緒を切り開いたとして業界からの評価も得つつある。

研究分野としては、毎年入学する学生が1名ないし2名という小さな分野であり、毎週の研究室ミーティングが主な研究のペースメークのための場となるが、今後も学内もしくは日本と言う小さな枠にとどまることなく、地域社会、ビジネス社会、国際社会、ネット社会との接点に立脚した研究活動を基礎に据えつつ、情報社会における「市場」と「組織」をより良くするための研究、より正しく見つめるための研究を続ける方針で活動している。